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last updated 1997/07/08

第54話(全130話)

パピロ(1/2)




5 パピロ

「いるよ。もともとここはおいらの家なんだから、いたからって文句を言われる筋合いじゃな
いぞ」
 ピートはマスターの暗視スコープを使って、暗闇に目を凝らしてみる。月明かりの届かない
洞窟の奥も、その機能を使えば昼のような明るさで見ることができた。
 逃げも隠れもいたしません、といった様子で、一匹のネズミがピョンと岩影からピートの視
界の中へ飛び出してきた。
「君? 君が話しかけてきたの?」
「そうさ。悪いか?」
 ピートはフィンフィンに出逢って以来、ほかの動物と会話をすることに抵抗がなくなってい
た。いままでだったら、ネズミが喋ってるなんて、それだけで驚天動地の出来事だったはずな
のに。
「さすがにロボットだな」とネズミは関心したように言った。「きっと人間の何百倍だか何千
倍だかの性能の耳を持ってるんだろうな」
「何のこと?」
「こうやっておいらの喋ってる言葉が聞こえるのは、お前さんがロボットだからだってことさ
。人間の耳にはおいらの声なんてチューチューとしか聞こえてないんだ。ちゃんと人間と同じ
言葉を喋ってるのに、連中は自分の耳の悪いことを棚に上げて、パピロはチューと鳴く、なん
て思ってるんだぜ。いい気なもんだよな。そう思わないか?」
「チューとしか聞こえないんなら、それはそれで仕方ないと思うよ」
「けどお前さんはおいらと話が出来る。そうだろ?」
「うん。きみの言ってる言葉は、ちゃんとぼくには通じてるよ」
 というよりマスターには、といったほうが正しいんだろうな、とピートは胸の中で訂正する
。パピロ、というのがこのネズミの名前なんだろう。それがこの動物全体の呼称なのか、彼自
身の名前なのかはわからないけど。
 大きさは野ネズミと同じくらいで、短くて固そうな茶色の体毛に覆われている。目はくりく
りっとしていてとても愛らしく、耳はアゲハ蝶が羽根をひろげて停まっているのじゃないかと
思えるような形でひろがり、とても大きかった。尻尾はネズミほど長くはないけれど、五本目
の脚と呼んでも良さそうなほど、よく動く。ボディ・ランゲージはすべて尻尾にやらせている
、という感じだ。このネズミが手話を覚える時があれば、きっと手ではなく尻尾でするのだろ
う。
「ぼくはピート。きみは、パピロ?」
「そう。おいらはパピロ。ピート、きみは何だってそんなにヘンテコなんだい?」
「挨拶が終わったばかりなのに、ずいぶん失礼な言い方だね。ぼくのどこがヘンテコだって言
うの?」
「だって、お星さまに願いをかけるロボットなんて、おいらはじめて見たもの」
 星に願いをかけないロボットなら見たことがあると言っているような口ぶりだが、実際はこ
のパピロ、いままでひとつもロボットなど見たことはなかった。
「ロボットだって、星に託すロマンくらい共有できるよ」
 ピートは言う。そう。機械だから心などないんだ、なんて決め付けないほうがいい。機械に
だって、何かの拍子に心が宿ることもあるんだ。いまのこのマスターのように、お姫様の寝顔
を見て、しあわせな気持ちに包まれる機械だって、この世界には存在するんだ。
 言葉を交わせるから、それで安心したのか、パピロはチョコチョコとちいさな四つ足でピー
トに近づいてくる。そしてフィンフィンとワーター、マリカの寝顔を順々にみつめて行き、最
後に目をピートに戻した。

(つづく)




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